第281回「ジェンダード・イノベーション 拡大、新成果に期待」
研究開発において、生物学的性(セックス)と社会・文化的性(ジェンダー)を適切に考慮し、新しい研究成果やイノベーションを創出する、「ジェンダード・イノベーション」が広がりつつある。
性考慮の重要性
この広がりの背後には、無意識のジェンダーバイアスや男性やオスを研究対象とする慣習によって、研究開発において性が適切に考慮されなかった反省がある。例えば、米国食品医薬品局(FDA)によると、1997年から2000年に市場から撤退した薬のうち8割が女性に対して有害であった。研究段階から適切に性を考慮するようになれば、科学的知識の公平性と厳密性を高めることができるだろう。
さらに、性の考慮はイノベーションや科学的発見にもつながる。車の衝突実験で使用されるダミー人形は、現在まで男性モデルが中心であったが、近年になり女性モデルのダミー人形が開発された。研究開発において性を考慮することは、科学知識の改善とイノベーションの両面において重要性を増している。
義務化の動き
主要国の資金配分機関やトップジャーナルでは、研究者に対して性の考慮を義務付けつつある。例えば、欧州連合(EU)の資金提供プログラムであるHorizon Europeでは、申請時に性の考慮についての記載を求める。申請者は、両方の性を考慮したか、あるいは片方の性のみを対象とした場合にはその理由を記載する。
さらに、複数のトップジャーナルが、研究において性の取り扱い方に対する公平さを推進するための「SAGERガイドライン」に準拠し、論文執筆者にセックスとジェンダーに基づく分析を取り入れるよう推奨している。
日本では、医学・医療やライフサイエンスを中心に、男女や雌雄の違いに着目する性差研究が多く行われている。また、第6期科学技術・イノベーション基本計画(21年3月26日閣議決定)でもジェンダード・イノベーションに触れられるなど、科学技術・イノベーション政策でも性の考慮に関する動きが広まっている。
国際的な科学コミュニティーにおいては性の考慮が一般的に行われている現状を考えると、日本の研究開発現場も性を考慮する必要性に迫られつつある。研究デザインから社会実装に至る幅広いプロセスにおいて適切に性を考慮し新しい成果を生み出す、ジェンダード・イノベーションのさらなる広がりが期待される。
※本記事は 日刊工業新聞2025年3月21日号に掲載されたものです。
<執筆者>
杉本 光衣 CRDSフェロー(STI基盤ユニット)
東京大学大学院総合文化研究科修士修了。同大学院の博士課程に在籍しながら、24年より現職。STI政策の調査と戦略立案を担当。
<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(281)ジェンダード・イノベーション 拡大、新成果に期待(外部リンク)